若者たちは「自然」と遊びたがっている
<<
作成日時 : 2008/08/04 05:47
>>
トラックバック 0 / コメント 4
「読む」という行為に、こんなに感動したのは久しぶりです。
なんのことかというと、試験の答案なのであります。
前にも書いたように、立教大学の前期授業で『自然環境と人間』というコマを引き受けました。
B級田園地帯の住人としては、朝の満員電車に乗るのは週1回でも苦痛なのですが(通勤地獄からの解放がフリーランサーの数少ないメリットなので…)、得難い体験をさせてもらったと思っています。
授業の内容は、日本人は何を食べて生きてきたのか、海や山の資源の持続的利用、植物素材を暮らしに取り入れる「適材適所」の知恵、獲物との知恵比べに見る漁師(漁師)さんの生態学、川遊びの情操教育効果、外来生物問題など、要するに民俗学・社会学テイストのアウトドア知識で、教材はワタシが今まで取材現場で見聞きしてきたことです。
でも、そんな情報が、はたして学生諸君の教養になりうるのだろうか。
かなり心配しながらやってきた…というのが正直なところですが、2キャンパス・約200人分の試験答案を採点し終えて、胸をなでおろしました。
ほとんどの学生が、言わんとしたところを理解してくれています。
つまり、拙い話の行間を独自に読み込んでくれているのです。
授業にも、興味深く参加してくれていたこともわかりました。
その答案が滅法楽しく、読み応えたっぷりなのです。
各自がテーマを選び、それに対し自由に論考するという形をとったので、書き方も切り口もさまざま。採点はしにくいのですが、読んでいてとても面白い。
「自然と隔絶された今の若者たちは、生命に対する感受性が鈍い」
メディアでは、近年目立つ青少年の凶悪犯罪を、育った環境に結び付ける論を散見します。
でも、そのことにいちばん危機を感じているのは、当の若者たち自身なんですね。
特異な事件例を、世代共通の現象と片付ける風潮に不快感を持ちつつも、やはりそうした事件の遠因には自然体験の欠乏があると見ています。
そしてもうひとつわかったのは、多くの学生が自然体験の機会を求めていることでした。
つまりアウトドアがしたいのです。
今の子供たちが自然に接する機会が少ないのは、子供自身の責任ではなく社会の影響です。
身近に良好な自然がない。子供たちだけで遊べる安全が確保されていない。塾などで忙しく、自由な時間が少ない。子供をターゲットにした魅力的な室内ゲーム機器があふれている…。
外で遊べというのが無理。機会を与えられないまま、大学生になってしまったというのが実情でしょう。
だから「地球環境」「エコロジー」などといわれても、じつは皮膚感覚としては、あまりよくわかっていなかったんです――。彼ら彼女らは、そう白状します。
正直でヨロシイ。
(こういう若者には、みんな100点を挙げたいぐらいなのですが、そうは問屋が卸さないのが試験制度の情け容赦ないところ)
授業は授業、試験は試験として…。
自然体験がしたいという若者たちを、どうすればスムーズに野へ導けるかを、いま考えているところです。
(写真は、ゲストスピーカーとして「通過儀礼としての川遊び」の話をしていただいた、作家で雑魚党幹事長の阿部夏丸さん。人気のあった授業です)
|