自然派SOHOライターの日常 「B級田園生活日記」

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縄文大豆

<<   作成日時 : 2008/06/08 21:11   >>

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通史的な歴史にはさほど興味がないのですが、子供のころは土器小僧で、よく貝塚で土器片や貝殻を拾って遊んでいました。
野鍛冶の技術調査がライフワークのひとつでもあることから、縄文から稲・鉄の到来(王権成立)ぐらいの時期には、深い関心があります。

そんなわけで、今発売中の『やさい畑』(家の光協会)で担当した、山梨県立博物館・中山誠二学芸課長に聞いた「縄文大豆」の話は、たいへん楽しく刺激的な取材でした。

日本で農耕が本格的に普及するのは弥生以降ですが、有用植物の小規模な栽培は狩猟採集の縄文期から始まっていたというのは歴史の事実で、各地でさまざまな作物痕(炭化種子など)が発見されています。
大豆の痕跡も九州の縄文後期の遺跡などから見つかっていたのですが、今回、山梨県立博物館が発見した「大豆痕」は、それより1400年ほどさかのぼるというのです。

まず驚いたのは、発見の経緯。
展示資料として置いてあった土器の取っ手が、ある日、ぽろりと欠けてしまった。
その破断面を見ると、丸い穴があいていた。
有機物が混入して焼け抜けた穴だろうと想像されたが、とりあえずシリコンを注入してみたら、なんと大豆の形になった。

古くて新しい歴史ドラマは、精査され尽くしていたはずの収蔵品から偶然見つかったのです。

シリコンで土器の凹凸をかたどると、かなり詳しく痕跡を再生できるそうで、今回の穴も、大豆特有の<へそ>の形や、水を吸ってふくらんだ根元の状態などが確認できたとか。

粘土の収縮率などから生体時の大きさ、形状を割り出し、筑波の研究機関に保存されている大豆の品種と照合したところ、よく似た在来大豆が今も数種類あることも確認されたのだそうです。

また、今後の調査待ち…という前提つきではありますが、野生のダイズ属植物「ツルマメ」との遺伝的関係も示唆されるといいます。

いちばん不思議なのは、この大豆の痕跡は表面の圧痕でなく、土器の中の空洞として発見されたこと。
割れやすい土器作りでは、挟雑物は邪魔な存在です。もし豆のような大きさのものがたまたま粘土に混入すれば、すぐにわかるはず。
なのに、この大豆は器体の中にしっかり埋め込まれていました。つまり意図的に埋められたと思われるのです。

じつはこの土器には、多産の象徴でもある蛇の文様が描かれており、大豆(の痕跡)が出てきたのは「眼」に相当する位置だったそうです。
縄文人の精神性や、作物という生命への思いをさまざまに想像させる、ロマンあふれるお話でした。
画像

写真左が、土器から出てきた大豆痕をシリコンに転写し、立体物に再現したもの。右は、縄文大豆によく似た現世品種を同様にかたどったもの。

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