自然派SOHOライターの日常 「B級田園生活日記」

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ちょい荒れ里山は宝の山

<<   作成日時 : 2007/05/16 20:24   >>

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近所のKさんの農園の山で遊ばせてもらうようになって3年目。時間ができると、運動代わりに荒れた山をチェーンソーと鉈で整備しています。
やりはじめてわかったのは、里山の荒廃問題とは、すなわちエネルギー問題であるということでした。
昔の山がきれいだったのは、落ち葉を肥料に、育った木は適当に間引いて薪や炭にしていたからなんですね。里山とは、人が農的暮らしを維持するために、都合よく植生の遷移を止めた究極の人工林であると、ちょっと根性の曲がった私は思うわけであります。

エネルギー利用を中心とした農的な活用がなくなれば、植物は人の思惑など関係なく、再び生存競争を始めます。30年もたつと、モウソウチクやアズマネザサがはびこり、スギやヒノキの苗木は大きくなって枝を広げ光を奪いあいます。
最後、そんなイラク状況にも似たバトルに勝ち残って極相林を形成するのは、おそらくシイやカシなどの照葉樹で、もちろんその頃、私は生きていません。

Kさんの里山も、蚊がぶんぶん飛びまわる風通しの悪い藪と化していました。
そんな薄暗い山に潜り込み、蚊や毛虫にぼこぼこにされながら2年みっちり整備したら、なかなか気持ちのよい、昔の里山環境が戻ってきたのであります。
もともと、コナラやクヌギ、ヤマザクラなども多く、生き物は豊富であることもわかってきました。タイトルのノコギリクワガタの写真が一例です。

里山整備のポイント。それは利用する人もないために蓄積されすぎてしまった木や竹、すなわち木質エネルギーをいかにスムーズに消化するか。必要のない木や竹を処理しないことには、整備はちっともすすまないのでした。
で、せっせと焚き火をして、燻製をつくり、ダッチオーブンでピザを焼き、熾き火で芋や栗を焼き、消し炭まで作っています。灰もどんどん溜まっていきます。

その灰を、GW前半に岐阜で行なった陶芸合宿の折、釉薬にしてみました。いわゆる土灰釉です。
いろんな木を燃やした土灰はあまりよくないよ、と聞いたことがあるのですが、なかなかどうして、薪窯で焼き締めたときに降りかかった自然釉のような色と風合いになりました。
ちょっと茶色がかっているけれど、今まで何度か使ったことのある、市販の土灰釉よりきれいだったのにはびっくり。
捨てればゴミ、拾えば資源とはよく言ったもの。ちょい荒れの里山は、私にとっては宝の山、遊びの泉なのです。
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